Kitchen Aid Mixer

三十年程前、菓子の材料をボウルで攪拌するのが大変という事でミキサーを探した。当時は殆どの日本メーカ製はハンドミキサーで、とても大量に菓子作りをする用途には向いていなかった。それでも唯一スタンドとボウルがセットになった華奢な本体プラスチック製のものが大阪の家電メーカカタログで見つかり、今は無き我が街の電気屋さんに取り寄せてもらった。しかしやはり酷使に耐えられず、数年後にスタンドのストッパーが割れて固定出来なくなった。接着剤での接着を繰り返し果てにはガムテープ止めと何とか使い続けたが、モータも非力で、いよいよどうにかしなくてはならない事態に陥った。

そうこうしている内に、ケーキレシピ誌で白くてスマート、何より業務用にも使えそうな頼もしい出で立ちのミキサーを見かけた。これだ、これしかないと、かのレシピ誌後書き記載の取材協力店を探し出し在庫を確認、業務用厨房用品の街、台東区合羽橋商店街だった。二十数年前の夏のとても暑い日、汗を拭き拭きかの店へ出向いてやっと手に入れたのが今でも思い出深い。

我が家に来てからは朝な夕なにパワフルかつ優雅に大活躍の日々だったが、かようにしっかりとした作りにもかかわらず十年ばかり前、ついに酷使に耐えきれずにスイッチを入れても動かなくなってしまった。国産ではないのでメーカ修理もかなり厄介になりそうだとまずは分解してみると、幸いにもスタンドの上下回転軸付近の配線が上下運動のあおりで断線している事が判った。これならばと、早速の素人修理で無事復帰。

その後長い事毎日毎日の酷使にもかかわらず動き続けていたが、日食騒動のあった翌週、購入後二十年あまりにしてついにモーターの回転が不安定かつ調速レバーにも正しく反応しなくなってしまった。中を見てみると以前の断線箇所は問題なし。モーターのカーボンブラシはチビているもののまだ使えそう。モーターの調速スイッチはと見ると、仕組みがなかなかに面白い。

モーター軸にガバナと思われるオモリが付いたバネ構造の物が付加されており、軸と一緒に回転。モーターの回転が速くなるとオモリの遠心力でバネ構造が引っ張られ、その先にあるスイッチを押す。スイッチが押されると位相制御モジュールのサイリスタが作動して電力のサイン波成分の何パーセントかがカット、従ってモーターへの供給電力が下がってモーターの回転が低下。そうするとガバナのオモリの遠心力が弱まり押されていたスイッチが元に戻る。そうするとモーターへの電力は100%となり回転がまた速まる。この作動ループの繰り返しによりモーター回転を一定に保っていると考えられる。調速レバーはこのガバナに押されるスイッチ位置をリンク機構で動かしているだけであった。最速段階ではガバナのオモリが遠心力で最も大きく動いた時にスイッチが作動する位置に設定されている。それにしても、ガバナを電化製品の中に見たのは初めてである。昔の発動機等の調速機構と同じではないかと思ってしまった。故障知らずの道具恐るべしと強い感銘を受けた次第。

さて、調速レバーを最低速にするとモーターのブラシへは適正電圧が通電しているのでガバナまわりのスイッチは大丈夫そうである。これは本格的にメーカー修理をするか、新規購入かと言う事になった。例の汗を拭き拭き訪れた台東区合羽橋商店街のお店へ電話すると、二十数年前の製品にもかかわらず(とは云っても、現行商品でもあるところがまた凄い)、大丈夫その症状なら修理出来ますので送って下さいとの心強い返答。ガバナのオモリが長年の酷使ですり減り様が凄く、ここで修理してもこの先何年使い続けられるか心配な面もあり、結局新たに購入する事を決断。同じモデルが今でも国内で出回っている事も確認。あとは値段である。国内では二十数年前の3/5程度の価格である。調べて見ると、米国 Amazon で同じモデルとなる KitchenAid Classic Mixer がモデル末期の為かセール中で、$200未満である。数週間要するものの海外通販&個人輸入業者が扱ってくれる事も判明。国際輸送料や手数料を上乗せしても納得出来る金額と判断し早速発注。米国Amazonから取扱業者の米国倉庫へ入荷後、お盆前に日本へ向けて発送6日を経て大きな箱がやって来た。

故障品の方であるが、いつもの癖で直せるものなら直したい心もちとなり、モーターまで通電はするのでスイッチ周りよりも位相制御がうまく働かない可能性もあり、位相制御モジュールのサイリスタを交換してみる事に。バラして見るとサイリスタの型番が読み取れない。ダメ元でおおよその定格品を通販で購入交換するも、状況に変化は見られない。すっかり意気消沈してしまったが諦める訳にも行かず、カーボンブラシの装着状態を再確認すると、何度も弄ったので位置が少しずれていた。位置を修正すると無事モーターが回転。しかし、回転が安定しない。最終的にはカーボンブラシが使用限界に達していると判断しカーボンブラシのみ手に入れる事に。国内同等品を探すも、 KitchenAid の物は長さが通常の2〜3倍で何処にも無い。米国ではどうかと探すと、さすが個人修理のお国柄。修理業者用の KitchenAid 修理マニュアルのダウンロードは言うに及ばず、専用ネジ1個から通販しているではないですか。専用カーボンブラシは多くの部品通販屋で見つかったものの、配達先は米国本国限定が殆ど。そんな中で、「Goodman's」と云うところが全世界への配達を謳っている。価格も安め設定で好感が持て、早速予備を含めて2セット発注したところ、大曲で花火大会があった日にプチプチ封筒の航空便に入れられて届いた。早速交換装着すると、新しいカーボンブラシのブラシガイドへの当たりが心もちきつくてスムースに動かない。仕方なくブラシの当たりそうなところを、近くにあった煉瓦ブロックの平面へ押し当ててヤスリよろしくゴシゴシ研磨。鉛筆の芯を大きくして四角くした様なカーボンブラシなので、気持ち良いくらいに削れ、数回試したところでジャストフィット。めでたくモーターが回り出した。この修理品は予備機とすべく隅々まで清掃後、米国直輸入品が入っていた箱に保管する事に。

それにしても、である。毎日の様に酷使しても二十数年間動き続ける事、また、二十数年前の製品が現行モデルとして未だに販売されている事には驚きである。更に、そうした二十数年前に購入した製品の専用ネジ1本から通販で手に入る状況に深い感銘を受けた次第。


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