ヤシマ
屋島

 西国行脚中の都の旅僧が、讃岐國屋島の浦である鹽屋に一夜の宿を求めると、若い男と一緒に釣から戻ってきた主の漁翁は、僧を都の人と聞いて懐かしがり、請じ入れた。
 漁翁は旅僧の所望に應じて、此處で源平が戦った昔のことを、義經の大將振り、悪七兵衞景清と三保谷四郎との錣引、主人をかばって敵の矢を受けて死んだ佐藤繼信と菊王の最期などに就いて語ったが、餘りに悉しい物語に僧が不審をなして、漁翁の名を尋ねると、義經の靈である事を仄めかして消え失せる。
 軈て僧の夢の中に甲冑姿の義經が現れ、屋島合戦のさなかに弓を海中に取り落としたが、弱い弓であることを敵に知られないために、敵に取られまじと身を捨てて拾い取った次第を語った後、修羅道に堕ちた爲に、今もやはり戦わねばならねのであると、その戦いの様子を示していたが、夜の明けゆくと共に消え失せた。

曲柄:二番目(修羅物)
季節:三月
等級:三級

 多くの判官物の中で、義経がシテで登場するのは、この曲だけである。

 亡霊は最も心に残った場所に現れる。だから、義經の亡霊が現れる場所は、終焉の地平泉でもなく、幼少を過ごした鞍馬山でもなく、一の谷でも壇の浦でも吉野山でもなく、彼が最も輝き、同時に、堪らない喪失感を味わった、この西の海でなければならなかった[13]。


 
 

 
   
     
    
    
    
    
    
    

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