トオル


 東国から都へ上って来た旅僧が六條河原院で休んでいると、田子を担った汐汲みの風情の老人がやって来て、老いを嘆きながら秋の夕べを愛でる。
 僧が海辺でもないので不思議に思い尋ねると、老人はここは昔、源融大臣が広大な六條河原院内に陸奥の千賀の塩釜の景色を移し、日毎に難波の浦から海水を運ばせ塩を焼かせてその煙を楽しんだが、その後は相続する人もなく荒れ果て、浦も干汐となったと嘆く。さらに僧に融の事を語ったり辺りの名所を教え、やがて汀で汐を汲むかと思うと塩煙に紛れて消え失せる。
 僧が再び奇特を見たいものだと期待して旅寝をすると、融大臣が雅な姿で現れ昔を偲んで月下の船遊びや曲水の宴を再現し遊楽遊舞を尽くすが、やがて夜も明ける頃、月の光と共に月の都へ消え失せる。

曲柄:五番目
季節:八月
等級:三級

 「融」は月の能と言われている。
 汐汲み老人は「月もはや出汐になりて塩竃の」と第一声を発しながら旅僧の前に現れ、僧と問答しているうちに「月こそ出でて候へ」と月が昇り始め、寂れた池水に月影が映る。
 汐汲み老人が六條河原院内の塩釜の謂われを話し、荒れ果てた様子を嘆いている間に「空澄み昇る月影に」と月は高く昇り、老人は汐を汲んで汐曇りに紛れて消える。
 雅な姿で現れた融は、「今宵の月」「名月」「新月」「明月」「初月」「月のある夜」「三日月」「月下の波」と月の名を問答の中に言い尽くし、最後に「月もはや影傾きて明け方の」と光陰に消え失せる。
 第一声の「月もはや」から光陰に消え失せる「月もはや」の曲全体を通して、月の出から月の入り迄の時の推移が見事に表現されている。



 
 

 
   
  
 

Return