サクラガワ
櫻川

 東國の人商人が、日向國で少年を買い取り、その少年の手紙と身代金とを母に届ける。 「母の貧しさを悲しむあまり身を賣りました、名残惜しいが、母上もこれを縁に御出家下さい。」 母は驚き悲しみ、子の行方を尋ねようと、泣く泣く故郷を迷い出る。
 常陸國磯部寺の僧が、弟子にした少年を連れて櫻川へ花見に行くと、流れる花を網で掬うて狂う女が、今日も櫻川へ來ので、そのわけを尋ねると、我が子の名を櫻子と云い、この川のなもまた櫻川というので、散る花を徒にせまじと思うて掬うのであると答え、里人が、我に山颪がして花が散るよと言うと、今まで正氣であった女が、次第に狂亂して、川の中で花を掬う。その狂亂の鎭まった後で、少年が櫻子である事を告げると、母は夢かと喜んで、一緒に故郷へ歸って行くのである。

曲柄:四番目(略三番目)
季節:三月
等級:三級

 子を求める「母の物狂」は、歴史の闇からの痛切な叫びである。能の狂女物は『隅田川』『自然居士』『三井寺』『百萬』など、大半が人買説話をもとにしているが、中世の闇を垣間見せてくれている。山椒太夫のもとに売られた安寿姫と厨子王の伝説に見られる様に、人さらいによる親子の別離は中世社会における普遍的な悲劇である。
 ところで「山椒太夫」であるが、「散所太夫」とも書き、権力者の領地であった荘園から逃散(農民が集団で土地を放棄して逃亡)したり脱落したりで浮浪化した者を、所から散った民、というので「散所の民」と呼び、これらの人々を金で買ったり力ずくで拉致して利益を得た者を「散所の大夫」と言った。



 
  
  
  
  
  
   
  
 

  
    
       
     
 
    
    
     
     
      

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