ノノミヤ
野宮

 都に留まり名所旧跡を巡り歩いていた回国修行中の僧が、秋も深まった野宮を訪れると何処からともなく女人が現れ、九月七日の今日は私がここで密かに神事を行う日に当たっているので早く帰る様に告げる。
 僧がその神事の謂われを訊ねると、女人は、長月七日は光源氏が野宮を訪れ六条御息所と互いに歌を詠み交わし最後の別れをした日だと答え、自分はその御息所だと明かして黒木の鳥居のもとに消え失せる。
 その夜僧が弔っていると、物見車に乗った御息所の霊が現れ、賀茂の祭りの日に葵の上と車争いをして辱められた妄執を晴らして欲しいと願う。
 やがて御息所は辺りの風物を懐かしがって月夜に舞いを舞うが、あの日野宮を訪れた光源氏も自分も全ては昔の夢となり、松虫が嶋きむなしく風が吹ぐばかりで、こうして生死の境をさまよう自分は神意に添わぬだろうと、再び車に乗り去って行く。

曲柄:三番目
季節:九月
等級:一級

 嵯峨は、人の意にならない性(さが)に通じ、秋の季感は、男女の疎遠になる意の飽きに通じる。そして火宅の門(生死の迷界)を出で去る御息所の乗る輪廻の小車。これらの舞台設定が、光源氏との不毛の愛に索漠とした日々を送った御息所の心象風景を照射している。[13]



 
 

 
   
  
  
  

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