キヨツネ
清經

 左中将平清経に仕える淡津三郎は、平家の運命を観じ取り柳ヶ浦の沖で入水して果てた主人の遺髪を抱いて清経の妻の家にたどりつき、主人の最期の様子を報告する。
 妻はかねての約束をたがえて清経が自殺したことを嘆き、形見さえ物思いの種といって手向け返す。
 その夜、涙に濡れる妻の夢枕に清経の幽霊が現れる。
 妻は約束を徒にしたことを責め、清経も妻が形見を返したことを怨み嘆き、再会の喜びさえ消していく。
 清経は妻の怨みを晴らすため、平家一門の運命と入水のいきさつを話す。
 契りそのものを怨む妻に対して、清経は言葉を強め奈落に沈んだ自分もこの世に残された妻も哀れさは変わらないと言い放ち、修羅道の苦患の有様を再現し戦の悲惨を見せる。
 やがて入水の際に唱えた念仏により、御法の舟に救われ成仏得脱することを語って消え失せる。

曲柄:二番目
季節:九月
等級:三級

 涙に濡れる妻の夢枕に現れた清経の幽霊が平家一門の運命と入水のいきさつを話すが、この中で、戦勝祈願の宇佐八幡で、「世の中の宇佐(憂さ)には神も無きものを 何祈るらん心尽くし(筑紫)に」(この憂き世では神頼みしても仕方ないのに、心を尽くして何を祈るのか)という絶望的な神託を受けたと説明する。清経の妻は、「見る度に心尽くし(筑紫)の髪(神)なれば 憂さ(宇佐)にぞ返す元の社に」(見る度に悲しくなる髪なので、心の優しさに耐えきれずあなたの元に返します)という返歌で応える。
 清経の「宇佐」「神」「筑紫」と云う神の次元からの死と、妻の「憂さ」「髪」「尽くし」に表される人の次元からの生を願う見事な対比。[13]



 
 

   
   
 

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