キヌタ


 訴訟の為に京に上って三年になる九州蘆屋の某は故郷が気がかりで、侍女の夕霧を帰京させ「今年の暮れには必ず帰る」と言伝させた。
 夫の帰りを待ちわび泣き暮らしている妻は、夕霧に会うと一層思慕の情が湧き夕霧につらく当たってしまうが、風に乗って聞こえてくる里人の奏でる砧の音に、「唐土の蘇武という人の妻が、胡国に抑留されている夫をいたわって高楼に上って砧を打った所、異境の蘇武は夢に故郷の砧の音を聴いた」との故事を思い、慰めに夕霧と一緒に砧を打つ。
 そこへ、今年の暮れにも帰れないと云う便りが届き、夫が本当に心変わりしたものと思いこみ病に伏せ、亡くなってしまう。
 その後帰国した夫は妻の死を知り、砧を手向けて弔おうと梓にかけて妻の魂を呼び寄せる。
 妻は死してもなお生前の妄執の為に地獄で苦しんでいると訴え、夫の読誦する法華経の功力によって成仏する。

曲柄:四番目(略三番目)
季節:九月
等級:重習

 砧は絹を叩いて柔らかくする道具。
 古来の慣習法として、男が家を空けて三年間帰らないときは自動的に婚姻が消滅するしきたりであった。
 その様な習わしの下、砧の夫は婚姻を消滅させるつもりは無い事を「今年の暮れには必ず帰る」と夕霧に言伝する事によって伝え様としたのである。



 
 

 
     
 
   
   
    

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