カキツバタ
杜若

 廻國している旅の僧が三河國で澤邊に美しく咲いている杜若を眺め入っていると、一人の女が來て言葉をかける。僧が所の名を訊ねると、是處は杜若で有名な八つ橋ですと答え、伊勢物語にある「唐衣きつつなれにしつましあれば、はるばるきぬる旅をしぞ思う」という和歌を詠んだのは在原業平だと語り、僧を自分の庵に連れ歸る。
 そして、色鮮やかな装束に冠を着した姿で現れ、これを見て下さいと言うので僧がその謂われを訊ねると、これこそが和歌に詠まれた業平の恋人である高子后の唐衣であり、冠は曾て業平が五節舞を舞った時に召されたものだと答える。
 僧が怪しんでこの女の素性を訊ねると、實は自分は杜若の精で、業平は歌舞の菩薩の化現であり、その詠歌で草木国土まで成佛させたお陰で非情の杜若も成佛出来たと言い、なお伊勢物語に就いて語り、舞いを奏して消え失せる。

曲柄:三番目
季節:四月
等級:一級

 在原業平は平城天皇の孫に当たる人物で、叔父に当たる高岳親王は廃王子、兄にあたる行平中納言が失脚、業平は政権から遠ざけられ和歌一つを頼りに生きざるを得なかった。高子(たかいこ)通称二条后は、未来の皇后候補として業平と出会う。
 伊勢物語は業平をモデルとしたものと解釈され、研究されている。業平と高子の物語は伊勢物語の三・四・五・六段、そして六十五段が経緯となっている。
 女は杜若の花の精であったが、高子の后の御衣を纏い業平の冠を着し、女身でありながら昔男の舞の姿は、伊勢物語の女主人公と業平と花の精の三重映しとも見え、業平はまた極楽の歌舞の菩薩の化現でもあることから、見方によっては四重映しの影像となる。



 
 

  
  
 
 

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