イウガオ
夕顔

 都にやってきて社寺を拜み巡っている豊後國の僧が、夕暮れに五条邉まで來ると、ある家の軒端に女の歌を吟ずる聲が聞こえてくる。軈てその女が出て來たので言葉を掛け所の名を尋ねると、何某の院と答える。更に何某の院と呼ばれる謂われの問いに、源氏物語にはただ何某の院とのみあるが實は融の大臣の河原院跡で、後に夕顔の上を物の怪に襲われて命をとられ、光源氏が悲しみにくれた場所であると答える。僧に重ねて問われるままに女は源氏物語の夕顔の巻に就いて詳しく語り、儚く消えた夕顔の上の話をするや、女もかき消す様に姿を隠す。
 僧が月下で法華経を讀誦していると、夕顔の上が現れて來て舞を舞い、恋の妄執のため成佛できずに苦しんでいたが回向のおかげで成佛した事を喜び、明け方の雲に紛れて消え失せる。

曲柄:三番目
季節:九月
等級:一級


 軒端から聞こえてくる歌は、「山の端の。心も知らで行く月は。上の空にて。影や絶えなん」(山の心も知らないでその方へ誘われて行く月は空の途中で消えてしまうことだろう:男の心も知らないで誘われて行く私は中途で男に見離されてしまうのだろう)と謂うものである。

 夕顔の上は「半蔀」でも扱われているが、半蔀は夏の夕暮れ時に源氏と夕顔の上が出会い、恋が始まる時の淡い清楚な印象を伴うのに対して、「夕顔」はその女の儚い生涯、死に至る瞬間に触れ、半蔀に比して重く地味であるが心理的にはより大きな動きとなっている。



 
 

 
   
    
   
   
   
   
   
   

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